ふれあいブログクラブ

岩国市美和町阿賀、高齢化の進む故郷を活性化しようと奮闘する高齢者のブログです。
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阿賀の「速田神社・十七夜祭」

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      昭和15年(1940)新築 阿賀の氏神様 速田神社

         近郊で有名な 夏の風物詩 十七夜祭

    8月2日夜8時よりアトラクション 美和っ鼓による 崛太鼓」∀駄敖のフラダンス「ナニ モハラ」H和町トップを切って美和岩国音頭愛好会よる盆踊り大会があります。当日は岩国青果市場内 野菜食堂マメカ?グループと米海兵隊岩国基地ご家族幼児を含め約30人が午後から阿賀ふれあいセンターでソーメン流し そば打ち体験 寿司作り体験 夕食すまし全員かユカタに着替え速田神社の十七夜祭にお詣りし盆踊りに参加します。テレビ アイキャン取材予定です。

    速田神社の由来

    速田大明神の縁起(えんぎ)よると、()(しゅん)天皇戌申年(いぬさるとし)(588年)今から約1422年の昔当村の空に光る物立岩の山の中で老夫婦が炭を焼いていた。或る日、女性が現れて老夫婦にその頃「この里に光る物」があるその里へ案内せよと言い、話している時、吹いてきた山風に炭窯(すみがま)の火の粉が袖を焦がしたので「自分は炭焼きの炎」が()らいだ。この里で「炭を焼いてはならない」と言った。炭焼き老夫はその女性が並の人ではない事を察し、手を引いて山を出、食事を(すす)め,光り物の落ちた所へ案内して霧中を分けて入ると、誠に清夜のようであった、女性は急に早稲(わせ)の穂を摘み取り、お祓い(おはら)を重ねて、その老夫に言った、自分は「この里に住み農民を守る」と、長々とこの里に霧の出ない様にさせようと言い終わると、霧がたちまち晴れて、その女性消え、その跡に神様が立ち、炭釜で焦げた女性の(ころも)が掛かっていた。この時、農民寄り集まり、この里、擁護(ようご)の神様の降臨(こうりん)あると言い、(かり)殿(でん)を造り、鎮座(ちんざ)させ、焦げた(ころも)を新調しかえ、早稲を成熟(せいじゅく)させ、田に姿を現した事により速田神社と称した、その後、推古(すいこ)天皇(うし)年(593年)(いくつ)(しま)神社が使いに託し、島の(りょう)(まい)を(阿賀村)の速田神社に分けて送る様に言った、厳島(いつくしま)神社より僅かな神供米を分け送り来るよりになり、速田神社は()杵島(きねしま)(ひめ)明神(みょうじん)と同体であるとして(いくつ)(しま)の神事に(なら)って、旧暦617日を祭日(17夜祭)旧歴の正月の元旦と99日を御烏(おとぐい)喰い神事(しんじ)をするようになった。

    速田神社の古文書による(林 俊夫 旧宮司より提供 資料を保存し編集)

     Tatuemo

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