ふれあいブログクラブ

岩国市美和町阿賀、高齢化の進む故郷を活性化しようと奮闘する高齢者のブログです。
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弥栄ダムの由来

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          弥栄湖 周辺の案内図

             完成 石碑

         弥栄湖の由来 石碑

     平成6年弥栄大橋 建設 工事中 「夢の大橋」

         「夢の」弥栄大橋 完成

        中国地方 トツプ 弥栄湖 堰堤

        弥栄湖 浄化 巨大 噴水

     妨恐А杉民治代官・三分一健作 石碑由来

     

    小瀬川 弥栄地区を開発 杉民治代官・三分一健作氏

    岩国市美和町阿賀の氏神様「速田神社」拝殿に明治7年5月15日

    (143年昔)賤ヶ丘の絵画を三分一健作氏が寄贈され掲げてある

    三分一健作 祈祷塚

    美和町阿賀の出身で本郷に移り住み、大庄屋を勤め、杉民治 等と協力して山代地方の開発に尽力し特に経済的援助が大きかった様です。明治7年(1874年)小瀬川の急流4劼謀呂蟲雋笋鯒忘佞契酊譴鱚採錣砲靴討膨盟ハが開発される。この大事業に三氏が深く関わっています。総事業費は現在の金額にすると、およそ3億八千万円位になるそうです。この川船の開通によって山代地方の弥やが栄える事を願って「弥栄」の地名が生まれ、その名付けの親は吉田松陰の実兄杉民治さんと言われています。

     

    広島県:山口県 県境 小瀬川(一級河川)昭和631988「弥栄ダム」を建設省が総工費1100億円の巨費を投じて完成 以来30余年経っている、昔の小瀬川沿いの道路とは違い立派な「国道186号線」となる。弥栄ダムの看板・石碑・由緒・弥栄大橋の袂の明治維新150年昔 弥栄地域 開拓者 柳原翁・ 杉民治氏(吉田松陰)実兄 本郷代官 美和町阿賀西自治会小角 大庄屋 三分一健作氏(阿賀速田神社の拝殿に絵画)が掲げてある。の石碑に感動!!忘れてはならない!!弥栄湖の由来である。

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