ふれあいブログクラブ

岩国市美和町阿賀、高齢化の進む故郷を活性化しようと奮闘する高齢者のブログです。
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ルース台風の記憶が・・・

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    写真はノムラモミジの花です。

    昨日も田舎に帰っていました。明日からドラゴン事務所の本格的な工事が始まりますので、家の中の整理に一週間ぐらい通っています。

    その帰り道、

    亀尾川の峠から裸になった秋掛の山が見えました。

    実はドラゴン、小学校入学までの約三年間は秋掛にいました。旧秋掛小学校の手前、森田商店さんへの橋のそばにあった小さな洋服屋が私の叔母にあたります。

    皆さんにはマキ(故)さん、と言ってとても親しんでいただいていました。

    そして四歳の夜、片山の親せき、正木(故)さんが「なんと雨が降るけー帰れん泊まらして」と来られました。

    昭和26年です。

    まだ気象予報もおぼつかないころ、だんだんと雨が激しくなり。半分が川の中にたっているような叔母の家ですから、私は正木の叔父の背中におぶさって逃げました。

    とは言うものの、殆どが真砂土の秋掛ですから逃げ場がありません。

    うろうろと逃げまわり、寺尾旅館に逃げ、最後は白石商店さんの裏の田んぼか畑の真ん中に立って一夜を過ごしました。その途中では、二軒の家が目の前で川に飲み込まれていきました。

    古い記憶ですが、

    吉岡食堂の前あたりと、白石さんの少し上の亀尾川への分かれ道の付近の家だったと思います。

    朝方には落ち着いてきましたが、いたるところに土石流が見られ白い地表がむき出しでした。半分が川の中だった叔母の家は「さすがに残っていないだろう」と話されていましたが、橋が水を交わしてくれて助かっていました。

    四歳の出来事ですが、ルース台風はすごい体験だったのであの裸山を見て鮮明に記憶が蘇りました。

    広島県では羅漢山周辺(旧佐伯町)が一番雨量が多いと言われています。ですからその下流には、小瀬川ダム、渡ノ瀬ダム、弥栄ダムなど三つのダムが建設されています。

    数年前の広島市安佐南の豪雨も多くの犠牲者を出しました。

    そのときも、大町の私の家は線状降水帯の真下となりすごい雨でしたが、ルース台風は大雨に加えて風が強く比較にならないほどすごい台風でした。

     

    私は土木の専門家ではないのでよくわかりませんが、山口県や岩国市はそうした秋掛の地層や、構造物などを現在の学識でよく吟味検討された結果の承認だと思いますので、個人的には行政を信頼していますので何も心配はしていませんが、あの裸山を見て小さいころの恐怖の一夜を思い出します。

    (ルース台風の死者は山口県が一番多く400人以上とか)

     

    そんな阿賀に広島事務所の仕事の多くを移します。

    ドラゴン

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